映画感想『8 1/2』

『巨匠を観る』企画、2作目(全27作)の映画です。

1.映画情報

作品名:8 1/2(はっかにぶんのいち Otto e mezzo)
ジャンル:ドラマ
鑑賞履歴:2021/7/27(U-Next)
公式サイト:
wikipedia:wiki
監督:フェデリコ・フェリーニ
制作年:1963年
制作国:イタリア フランス
上映時間:140分
配給:東和 / ATG
メインキャスト:マルチェロ・マストロヤンニ アヌーク・エーメ クラウディア・カルディナーレ
スタッフ:脚本(フェデリコ・フェリーニ トゥリオ・ピネッリ エンニオ・フライアーノ ブルネッロ・ロンディ)、音楽(ニーノ・ロータ)
原作:
受賞歴:第36回 アカデミー賞(1964年) 外国語映画賞 衣装デザイン賞(白黒) ピエロ・ゲラルディ
予告動画:

「8 1/2」完全修復ニュープリント版・予告編

2.あらすじ

スランプに陥った映画監督が、キャスト、スタッフ、妻、愛人、空想の人々と交わり苦悩しながら映画作りを進める物語。

現実、妄想、映画のイメージ、過去の記憶の4つの映像が混在する世界で進行する物語は明るくて悲しい。
フェリーニの自伝的映画。

3.感想

※※※ 以下、ネタバレありです! ※※※

若い頃、フェリーニでは最初に『道』を観て、その次くらいにこの映画を観て理解できず、その後、『甘い生活』や『インテルビスタ』等でフェリーニは大好きになったものの、やっぱり初見の不安もあって避けていた映画です。
最近、アート系のある映画を観たのですが全くピンとこず、自分の趣味嗜好の再確認も兼ねて、巨匠と言われる人達の映画を観返していますが、その中で思い立って観た映画です。

改めて20年ぶり位に観た感想としては、観始めて10分も経たない内に、もうこれは自分にとっての最高の作品の一つだと確信したまま、ラストまで観ました。
もう、フェリーニおじさん大好き。
この人の生臭さ、お調子者っぷり、そして汚い俺を全部見て全力で愛してくれ!っていう開き直りっぷり。堪らないです。
流石は『道』で愛すべきクズ男、ザンパノを描いた人です。
別の所でも書いていますが、ザンパノと成瀬巳喜男の『浮雲』に出てくる富岡は、自分の中で映画史上最も愛すべきクズの二人です。
それもあって、フェリーニと成瀬巳喜男は僕の中で最もシンパシーを感じる二人として、多分、ここに割って入れるのはポール・トーマス・アンダーソンが行けるかどうか?くらいの愛すべき人です。

映画に関してはフェリーニの自叙伝的暴露映画。
全編を通して、憂鬱な彼の回りでハイテンションな人々、とにかくイタリア人の明るさが笑えてしょうがない。
対して、フェリーニの憂鬱さは、新作の映画は決まっているのに、なかなか脚本どころかプロットも書けず、なのでキャスティングすら決められない。
療養を兼ねたホテルに缶詰めになるものの、ひたすらそこに集まる人々への応対、ご機嫌取り、先延ばし、そして老いたスタッフを辞めさせることすら躊躇いが出る。
終いには自分の事を「才能もひらめきもない嘘つきの末路」等と毒づいたりもする。
それでもフェリーニの心の声はダダ洩れのように映画から溢れてくる。
「好きにやりたいのはこっちだよ!」
「くだらない質問なんか聞きたくもないよ!」
「才能のある脚本も役者も一目見れば自分で判断できるよ!」
でも多分、序盤の彼はまだ自分の事を過信している。
本気を出せば全て自分で捌けて、誰よりも素晴らしい物を作れるのが自分だって。

と言うのも、対映画作りとして見た場合に、彼の理想はハーレムの王様として鞭を振るい、役者達を自分の思う通りに動かせばそれでいい物が作れると信じているように感じます。
だから、彼がルールを作り、そこを守れない者は功労者だろうと、出資者だろうと、冷たく切り捨てて理想の映画作りに没頭したいという願望を持っている。
その一方で、軽い雰囲気で人々を笑わせたり、自分を貶めて笑いを取ったりする彼の姿は、対人としての彼本来の明るさ、勘の良さ、機転の良さであって、一種の人たらし的な愛されやすく憎めない人なんだと思う。
対映画・対人で自分の能力を使い分けられる彼、本来は物凄い能力者です。

けれど、今回の映画に関してはとりあえず進められる所だけ進めていたらどんどん変な方向に進んでいく。
人の心が通い会う小さな映画を作ろうと思っていたら、いつの間にか巨大ロケットのセットを製作していた。という、これは皮肉ではあるんでしょううけれど。
でも何をやっても何一つ思った通りに作れない。
自信家のフェリーニにとっては、おかしな方向に進んでいる現状のを見ながら徐々に焦りが募っていっているんだろうと思いながら、その悲哀がおかし悲しくて堪らないです。

苦しむ彼は空想の中や幼少期の思い出の中や自分を愛してくれる女性の中に逃げ込む。
誰かに愛されることで自分の精神を保つという事は彼にとって避けようがないことないんでしょうね。
そもそも幼少期の思い出からして末っ子で甘やかされて育った彼。
僕も二人の姉がいる末っ子の長男ですが、この育ちの男のダメさはよく判ります。
けれどその愛してくれる相手として、愛人のカルラは彼を癒すタイプではないし、何しろ聡明さが足りない。
妻のルイザは聡明で美しく彼の全てを理解している妻だが、夫婦仲がてんで上手くいっていない。
クラウディアは若く美しいが幼過ぎて共に寄り添えない。と言うよりも彼女の小賢しさに幻滅してしまう。

3人の女性を引っ張り出し、結果的に彼が選ぶのは妻のルイザ。
当然でしょうね。
3人の女性と一緒にいる時の表情を見たら、ルイザに対してだけ手を抜いてないですもん。
けれど、一番強く彼の見苦しさを理解しているのもルイザ。
下手な嘘はダメな男の一生懸命さと許せても、映画への出演者が旦那の口説いた愛人で、おまけに別な女には自分の言った言葉をモノマネまでさせてるなんて知ったら、そら、許すわけないですよね。
でも、根本的な部分として、そもそもここに出てくる3人の女性は、彼を癒す相手であるのと同時に、今回の映画ではその女性の映画を描くというのが彼の本心でしょうし、そうすると妻を描くとなると妻の真似事にはなってしまうのですが。
(もしくは、3人どころか女性全員を出してハーレムみたいな映画を撮りたいのかも知れませんが。)
とは言え、彼としては妻を設定して映画を作りたいのに、それを拒む妻に対しては前に進めることが出来ず、どんどん打つ手が無くなってしまう。
多分、恋愛物を撮れないと言われる彼だからこそ、彼の一番信頼できる愛情で恋愛物を撮りたかったのかな?とも思いつつ。

カルラは違う、クラウディアも違う、ルイザで映画を作りたいのに、散々ついた嘘もごまかせず許しても貰えず、堂々巡りのように悩み苦しむ。
そして、切羽詰まったまま記者会見場に連れていかれる。
言葉に詰まり、テーブル下に逃げ込み、ピストルで頭を打ち抜く彼。
でも、彼は死んではいなかった。(という風にラストを変更したらしいですね。撮影後に全員もう一回集めて撮り直したって。)
そして全てをリセットする悪魔の言葉で撮影のストップを宣言する。

脚本家の話を遮断して、一人考える彼が思い描くのは、荒廃したセットをバックに、彼の大好きな遊園地のように見立てて女達が楽しそうに踊る映画。
そしてその中で描かれるのはルイザ。
監督として全てを失った絶望の底で一人の人間になった彼にとって、心の最後で求めたのはルイザへの愛だったんでしょうね。
思えば、理想のようにハーレムを作り王様としてたくさんの女性と暮らす生活を想起し、その中でルイザには貞淑な妻としての存在を求めてしまった。
年老いたスタッフやハーレムの老女を冷たくあしらいもした。
好きでもない愛人を作り、手を焼きながら心を満たそうともした。
若い女性に入れ込みそうになり、全てを捨てて自分に尽くせるかを試そうともした。
軽く人をあしらいながら全てを回していける感覚も持ってしまっていた。
キリがない程、馬鹿なことを繰り返してきた自分が、本当に全てを失った今、何を求めればいいんだろう?
そこまで追い詰められて、ルイザを求める彼の、言い方は悪いけれどクズっぷり。
痛々しくて切なくて、けれども誰かに愛されなければ何一つ前に進めない姿は、幼少期からの彼自身の本質なのかな?と思いながら。

そして、彼の後悔と懺悔の様な告白の後の最強の決め台詞。
「人生はお祭りだ。一緒に楽しもう。」
どれだけ染みてくる言葉を吐くんだ?と驚きながら、少年の様な彼の哀願に近い思いと、悩ましい語り口に惚れ惚れと観てしまいました。
いや、もう、泣けるし、お洒落。としか言えないです。
痺れまくりました。
大円団のまま、幸福感たっぷりで踊り演奏が続くラストシーン。
ニーノ・ロータの音楽も素晴らしいです。
これまでに観た全ての映画をひっくるめても、僕の中の大好きなラストシーン1位だと思います。

改めてこの映画ですが、全編を通して可笑しいんだか、悲しいんだか。
『ファーゴ』のキャッチコピーのように、人間はおかしくて、悲しい。という言葉がぴったりだと思います。
フェリーニは他の映画を観ても、ストーリーに散りばめられた感傷的な思いが漂っていて、穏やかにじんわりとした気持ちで酔わせてくれる。
僕にとってはそんな人です。
この映画は笑いも多いですが、ラストシーンの破壊力は物凄いですね。
『道』のラストの慟哭も凄いのですが、『インテルビスタ』や『甘い生活』の様なじんわり感の方がフェリーニのイメージとしては強いです。

あとは、今の時代に観ても全く褪せない映画の力は改めて再確認しました。
モノクロの映像の質感は役者の美しさを引き立ていましたし、
ニーノ・ロータの音楽のかみ合いも安定感抜群ですし、
滑稽で幻想的でそれでいて死ぬほど感傷的な世界感も、古臭い映画という感じはなく凄く洗練された雰囲気です。
笑いだって十分に今の時代でも通用する物ばかり。
グイドの適当ぶりはずっと笑っていましたが、愛人のカルラと本妻のルイザの鉢合わせシーンなんて、マルチェロ・マストロヤンニの笑いの力量がここまであるとは思ってもいなかったです。

勿論、役者としてのマルチェロ・マストロヤンニのかっこよさも凄いです。
この映画が好きなのか、この人が適当なことをやっているのが好きなのか、判らない程、超適当でおしゃれな43歳を演じています。
黒のスーツに白のシャツ、レギュラーカラーの襟にシングルノットの黒タイ、横に流した白髪交じりのオールバックと黒ハット、そしてウェリントンタイプの黒メガネ。
モノクロだから白黒しかないですが、オールドスタイルのクラシコイタリア。かっこいいな。ほんと。
奥さんのルイザ役のアヌーク・エーメも美しい。
多くの女性が出てくるこの映画の中でもひときわ上品でした。

今回は本当に良い映画が観れて幸せでした。
フェリーニ作品、まだ観ていない物も多いので、改めて観れるものは全て観てみようと思います。

4.評価

個人的な好き度合い: (3/3)
※ ★☆☆~★★★が凄く面白いで、普通に面白い以下は全て☆☆☆です。

自分の中で最高の一本の一つです。

映画全体を通して、笑いの中に感傷的な思いが漂っており、穏やかにじんわりとした気持ちで酔わせてくれる映画でした。
映画史に残るラストシーンも素晴らしいです。
ダメ人間を愛してやまない方にもお勧めの映画です。

世間の評価は以下のような感じです。

Filmarks3.9
映画.com3.5
amazon4.5

面白いという方の意見:

・心地よいラストシーンの肯定感が素晴らしい。
・映画全体の美しさと楽しさの中に漂う哀愁感が好き。
・筋の通った話ではないのにストーリーとして心情が伝わってくるのが素晴らしい。
・ラストのフェリーニの撮影風景に、彼の魅力的な映像がどういった感性で撮られているのかが判って楽しかった。
・「人生は祭りだ」この言葉がかっこよすぎる。
・モノクロ映像で表現できる世界観の最終到達点。
・プライベートの塊のような、フェリーニの原風景と精神世界を出し切った作品。
・ニーノ・ロータの音楽も映像の美しさも素晴らしい作品。
・芸術性の高い難解さを持った映画にも拘らず、商業的な成功を収めた珍しい映画。

面白くないという方の意見:

・フェリーニの自己満足映画のように感じる。
・シーンを追う毎に意味が解らなくなる。ハーレムのシーンなんて要るの?
・フェリーニの人間性が出過ぎており、そこが好きではない。
・退屈で何度も眠った。

世間の評価を見ての印象:

現実と、妄想と、映画のイメージと、過去の自分の映像が混在する上、そこの説明が全くない映画なので難解と言えば難解ですよね。
悪い意見はほとんどがその難解さへの不満ですし、芸術映画という扱いになっているこの映画の特性上、仕方がないんでしょうね。

好きな方の意見は全部同意です。
これだけ、どこもかしこも大好きな映画、良いことは何を聞いても「そう!」としか言えない状態です。

amazon prime videoで観る。

5.お勧めしたい人

こんな方にはお勧めの映画かも知れません。

・仕事が忙しすぎて病みそうな人。
・役者の演技力を感じたい人。
・音楽が最高の映画。
・映像美を感じられる映画。
・映像がスタイリッシュな映画。
・芸術寄りの映画。
・ファッションを楽しめる映画。
・難解で理解するのに体力がいる映画。
・詩的な雰囲気の映画。
・とにかく笑いたい人。
・ラストシーンが最高にいい映画。
・ダメ男に惹かれる女性の人。
・中年の男の魅力に取りつかれた人。
・ダメ人間が好きな人。
・映画作りの現場を扱った映画が好きな人。

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