映画感想『ノスタルジア』

『巨匠を観る』企画、作目(全27作)の映画です。

1.映画情報

作品名:ノスタルジア(NOSTALGHIA)
ジャンル:ドラマ
鑑賞履歴:2021/7/26(U-Next)
公式サイト:
wikipedia:wiki
監督:アンドレイ・タルコフスキー
制作年:1983年
制作国:イタリア、ソ連
上映時間:126分
配給:ザジフィルムズ
メインキャスト:オレーグ・ヤンコフスキー エルランド・ヨセフソン ドミツィアナ・ジョルダーノ パトリツィア・テレーノ
スタッフ:脚本(トニーノ・グエッラ アンドレイ・タルコフスキー)
原作:
受賞歴:第36回 カンヌ国際映画祭(1983年) 国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞 監督賞
予告動画:

映画『ノスタルジア』オリジナル劇場予告編 アンドレイ・タルコフスキー

2.あらすじ

旧ソ連の詩人アンドレイがイタリアを旅する物語。

祖国に残した妻や子供への郷愁の念に苛まれながら、詩人として国家の弾圧や検閲と闘い、肉体と精神を疲弊していくアンドレイ。
そんな中、信仰により世界を救おうとするドメニコに出会い、彼に一つの願いを託される。

3.感想

※※※ 以下、ネタバレありです! ※※※

タルコフスキー作品は大昔に「惑星ソラリス」を観たものの、余り記憶に残ってはいなかったです。
ただ、この作品を観て、久しぶりに酔いしれる映像体験をさせて貰って、改めてタルコフスキーって凄いんだな。と実感しました。

映像の美しさというのは勿論の事ですが、特に印象に残ったのが情念深いカメラワークでした。
誰かの目線を映像として切り取っているカメラワークが多く、長回しであれ、短いカットであれ、観ている側からの感情、それは混乱であったり、不信、郷愁、願い、叫びなど、宿った感情が有無を言わさずこちらの感情も揺さぶる様なカメラで、完全に持って行かれました。
おまけに世界観も独特の造形感があって、自然と人間の作り上げた建築物が混在して、どこを切っても、混在に意思を感じる緊張感が美しい写真のようで、構図もひたすらかっこいいと見惚れてしまいます。
主人公の心情を表現するような、郷愁の中にあるモノクロームの柔らかな光と、現実の彼の混乱の中にある霧のかかった光が混濁する、美しい光彩にも目を奪われます。
フィルムのノイズのある質感も落ち着きのある空気感で、人間の感情をそこに乗せてくることで、より豊かに感情が表現されているように感じました。

ストーリー自体は、難解というか、もうちょっとちゃんと話しろよ!というか、判り辛い所はあるんですが、主人公のアンドレイ、彼がソ連を出て、異国のイタリアを旅をしながら、自分自身への失望や故郷への郷愁を募らせていくストーリーです。
詩人としての立場ではあるものの、物を書くことはなく、音楽家サスノフスキーの足跡を辿るという名目はありますが、むしろ書けない自分を癒す為に旅を出たように感じました。
とは言え、旅も終盤で、未だに書けていないアンドレイは失意のどん底みたいな状況なんでしょうけれど。
そもそも彼にとって、ソ連を出なければいけない理由は何だったのか?
愛する妻や子供と別れて、旅をする理由は何なのか?
その辺りを、彼の断片的なモノクロームの記憶を頼りにして、混濁した意識を読み解いていく必要があります。

黒髪の美しい妻、時には同行人のエウジュニアと性的なイメージで触れ合ったり、ベッドの中で号泣したり、部屋の中に入ってきた誰か(たぶんアンドレイ)を恐れたり、美しい草原の中に佇み不穏なサイレンの音に怯えたり。
それぞれが穏やかさや不穏さを感じさせながら受け手にアンドレイの置かれた立ち位置への想像を促す記憶でした。
冷戦時代のソ連で芸術家として検閲や弾圧と闘いながら生きてきたアンドレイ。
タルコフスキー自身もこの作品をイタリアで制作した後、亡命して故国に戻らなかったことを考えると、彼自身の境遇もかなり重ねての思いではないのかと思います。
現実への諦観と、過去への郷愁。
美しい物は過去にしかないということを十分すぎる程に知ってしまった彼にとって、この旅は意味のない物でしかなかったのかもしれませんが、彼が家族に会えない理由はなんだったんだろう?
妻と暮らした日々の美しさと、おそらく現状で家に戻った場合に想起される故郷の不穏感はどういう事なんだろう?
既に戻った所でかつての美しい妻と故郷のまま、という訳ではないんでしょうね。
そもそも妻が生きているのか?かつての美しい姿なのか?故郷は平穏なままなのか?
映画ではその答えは判らないままです。
そして彼が調べていたサスノフスキーの生涯、故国を逃れ、それでも郷愁からソ連に戻り、結果農奴になり酒に溺れ、自殺したサスノフスキー。
自分が戻れば同じことになる。というのが彼の根っこにはあり、その事が彼にとっての恐怖だったのではないかと思います。

エウジュニアと別れ、一人になったアンドレイが地下の水路で酔っ払い、幼女に笑顔で人生を語るシーンが好きです。
偏屈さしか感じなかったアンドレイもロシア人、酔えばみんな友達、とばかりに、饒舌になって自らの詩を操るアンドレイ。
少女の目線で描かれるアンドレイは酔っぱらってイタリアへの悪態をつき、幼女に人生を尋ねるような、ニッコニコの適当なおじさん。
でも、この姿が本来の彼の姿なんだろうな。と思うと、これまでの鬱屈ぶりが余計痛ましくなります。
そして、自分の(父親の?)詩集を燃やし、故郷に戻ることを決意する。
例えその土地が荒れ果て、妻との再会が叶うのかも判らないのだとしても、異国の地で自分を取り戻せなかった彼にとっては戻りたい思いを抑えることは出来なかったのでしょうね。

そして、彼がイタリアの地で出会ったドメニコがミラノの街中で世界を救う為の演説をしていると知るアンドレイ。
混乱した世界から守る為に、家族を7年間幽閉して生活していたドメニコ。
無関心の人々の視線の中で焼死する彼の姿も強烈なインパクトがありますが、温泉の端から端までろうそくの灯を消さずに歩くことが出来れば世界を救うことが出来るという、彼との約束を果たすアンドレイの姿もなかなか強烈です。
ワンカットで3度繰り返し、約束を果たした後に倒れてしまうアンドレイの姿。
彼にとって、ドメニコとの約束を果たすというのは、何の意味があったんだろう?
これから祖国に戻る前の運試し、と言うよりは心残りを全て清算して戻りたいたいという、正直そういった思いなのかな?とも思いながら、とは言え、それを終わらせない事には故国での幸せを望めない意地みたいな物があったように感じました。

そしてラスト、薄れゆくアンドレイの記憶に浮かぶ、かつての美しい故郷が柱と壁の中に囲まれた映像。
その中でアンドレイは愛犬と共に家族はなく座り込み、雪が降っている。
このラストは美しすぎる映像とは裏腹に、少し寂しすぎるかな。
結局、戻っても妻には会えないの?というか、妻はやっぱりもういないの?と思うと、改めて切ない。
その一方で、ラストをこんな人間の支配感満載の映像で締めさせてしまう当時のソ連のおそロシア、その存在感がおぞましくも感じます。

4.評価

個人的な好き度合い: (1/3)
※ ★☆☆~★★★が凄く面白いで、普通に面白い以下は全て☆☆☆です。

美しい映像と情念深いカメラワークに引き込まれるタルコフスキーの芸術性に満ちた作品でした。

過去への郷愁と現実への諦観が交錯した世界観を生み出し、その精神世界を読み解く難解なストーリーですが、ラストに向けて信念を貫く二人の男の姿は強烈な印象を残すものでした。

世間の評価は以下のような感じです。

Filmarks3.9
映画.com3.5
amazon4.5

面白いという方の意見:

・タルコフスキー独特の詩的宇宙の映像表現。
・妖しい演出者としての水、炎、鏡といったものに固執した映像が目を奪われる。
・退廃美への果てしない追及と静謐な空間へのまなざし。
・ラストのヴェルディのレクイエムも素晴らしい。
・なるべく劇伴を使わずに、舞台から聞こえてくる水の音、風の音、空間の音で一つの音楽を作っているのは圧倒的。
・ラストの映像は孤独を感じる印象深い映像。
・主人公の徹底した孤独感を感じさせる人物描写。
・信仰の弱まった社会に対して、アンドレイとドメリコの信仰心の強さが強烈。
・タルコフスキーの作品の中で、一番シンプルで解りやすい作品であり、最高傑作。

面白くないという方の意見:

・映像にも撮影にも演出にも芸術的な美しさ・儚さがある。でも解りづらいし、面白くはない。
・内容が意味不明。
・さすがに眠い。

世間の評価を見ての印象:

ストーリーに関しては良く判らない部分が多いものの、この先、自分の人生で数回観返す機会があれば理解も深まるのかな?と期待しながら。
信仰心という物をどの程度、この映画から感じ取れるか?でアンドレイやドメニコがラストで駆り立てられた心情への理解は変わってくると思うのですが、僕自身はドメニコの強さ程、アンドレイの明確な信仰心は感じ取れなくて、感想でも厄落としみたいな書き方してますが。。。
これも、繰り返し見て、自分自身の教養や感覚を育てていく事で、何らかの理解が出来るようになるといいな。と思いながら。

「1+1=1」これに関する見解がすごく多かったです。
余りにも割れた意見だった上、僕自身は言葉遊び?的な捉え方しかしなかったので、特に触れませんでしたが、信仰心と同様に、理解を増していく事で意味を帯びていく暗号なのかもしれないです。

映像美に関しては良い意見ばかり、映像に寄り過ぎてストーリーが意味不明で眠い。という一定数の意見も、この映画では当然かと思います。
映像と共に、劇伴の音楽が極力省かれているというのは言われて気付いた部分でしたが、確かに、風や水の音がよく記憶に残る映画でした。

タルコフスキー作品の中ではまだ観やすい方とのことですが、なかなかこの人の映画は見る機会がないのが辛いです。
折角なので、今の勢いでたくさん観ておきたいんですけどね。

amazon prime videoで観る。

5.お勧めしたい人

こんな方にはお勧めの映画かも知れません。

・人生に挫折してやり直したい人。
・会えない家族への思いを募らせている人。
・芸術寄りの映画。
・映像美を感じられる映画。
・難解で理解するのに体力がいる映画。
・美術面の素晴らしさを感じられる映画。
・ラストが衝撃的な映画。
・冷戦時代の空気を感じる映画。
・詩的な雰囲気の映画。

amazonでBlu-ray・DVD・原作を購入する。

※bru-ray版の色味はかなり酷評されているので、DVD版の方がお勧めのようです。

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