映画感想『地獄の黙示録』

巨匠を観る』企画、14作目(全27作)の映画です。

1.映画情報

作品名:地獄の黙示録(Apocalypse Now)
ジャンル:戦争
鑑賞履歴:2021/8/31(U-Next)
公式サイト:ファイナルカット版公式
wikipedia:wiki
監督:フランシス・フォード・コッポラ
制作年:1979年 2001年(特別完全版) 2019年(ファイナルカット版)
制作国:アメリカ
上映時間:153分
配給:ユナイテッド・アーティスツ(アメリカ) 日本ヘラルド映画(日本)
メインキャスト:マーロン・ブランド ロバート・デュヴァル マーティン・シーン デニス・ホッパー
スタッフ:製作(フランシス・フォード・コッポラ) 脚本(ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ、(ナレーション)マイケル・ハー) 音楽(カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ) 撮影(ヴィットリオ・ストラーロ)
原作:『闇の奥』ジョゼフ・コンラッド
受賞歴:第48回カンヌ国際映画祭 パルム・ドール(最高賞)、国際映画批評家連盟賞
    第52回アカデミー賞 撮影賞、音響賞
予告動画:

映画『地獄の黙示録 劇場公開版 〈デジタル・リマスター〉』予告編

2.あらすじ

ベトナム戦争の中、失踪し奥地で現地人の国を作った大佐を殺害する命令を受けた大尉の物語。

舟で戦地を進む中で、軍紀や統制が失われた殺戮や、正義のない戦争の矛盾等、戦地の異常な状況を見ていく大尉は、徐々に大佐への共感を感じていき。。。

3.感想

※※※ 以下、ネタバレありです! ※※※

2001年に『特別完全版』を観て以来、ちょうど20年ぶりに観ました。
今回はオリジナルの1979年に公開された物。
『特別完全版』の記憶はそこまで強く残っていないのですが、中盤のワルキューレの騎行の記憶が強く、後半部分はちょっとだらけて観てしまったような。
未公開カット込みで長めの作りだったからかもしれませんが、全体を通してもベストと思えるような作品とは思っていなかったです。
ただ、今回は「凄いもの観た!」と素直に思える衝撃的な映画でした。

題材となるベトナム戦争の開始は1955年。
ケネディ大統領下の62年から米軍が南ベトナムに加担し、65年からのジョンソン大統領で更に拡大路線へ。
この映画の設定は69年で、ジョンソン大統領がベトナム戦争の失敗から世論の批判を受け、ニクソン大統領に交代した年。
この年にニクソン大統領は54万人の米軍兵士の撤退を決めはしたものの、冷戦が続く中で思うように進められず、結局、撤退が完了するのは73年。
そして米軍が完全撤退した南ベトナムは75年に敗戦し、崩壊してしまう。
19年続いた戦争も米軍が撤退すれば2年で敗北してしまう、それだけでも世界中から米軍批判が高まるのは当たり前のような。
おまけに当時はアメリカも徴兵があった時代、若者が戦争で死に、税金は大量に戦争に注ぎ込まれ、厭世的な雰囲気の中、ヒッピー文化の隆盛や帰還兵の肉体損傷、PTSD等で更に社会が重苦しくなり、そもそものアメリカの持つ人種差別、銃社会、ドラッグ等の潜在的な問題も輪をかけて社会を悪くする。
一方で冷戦が進む中、アジアでの社会主義の拡大を抑えなければアメリカが覇権を失う恐れがあったのも事実。
なんというか、アメリカとしてもやる事なす事が上手く回らないボロボロの時代ですね。

因みにこの映画の公開は79年ですが、撮影は76年からされているので、米軍撤退後に戦争の片が付いた1年後から撮影された映画になります。
内容は、とにかく全編を通してアメリカに唾を吐き捨てるような批判。
凄いですね。
国家に対してその戦争の首謀者たちを欺瞞や偽善と呼ぶような。
この辺りの感覚はやっぱり日本とは違うんでしょうね。
大統領が変われば国の責任者が変わるというのは良いのか悪いのか、軍、国家、そして戦争で利権を上げようとした者達、総ざらいでボロクソです。

映画の方ですが、戦時下のベトナムを旅する、言い方は悪いですがロードムービーのような作品。
ウィラードの目を通して描かれる狂信的で非常識な戦争の姿と、倒錯的な視点から語られるモノローグの言葉達。
そこに正義や理想と言った姿はなく、あるのは残虐な殺戮や、戦争の行為に我を失った興奮、そして命を曝す恐怖からの発狂。
多くの戦争映画で語られる、戦争の中での美談といった感動的な物はなく、人の命が失われる悲しさは映像として受け取るものの、むしろ人を殺す事で人の精神が壊れていく事の見えない痛みの方が苦しく伝わってきます。
そんな状況なので、戦っている軍部の人間もこの戦争への矛盾を抱えていて、はっきり言えば誰一人、正しさを信じないままで命令と欲望のままに戦っていく姿が描かれています。

ウィラードの目にする光景はデフォルメした部分は多いとは思いますが、
サーフィンの為に敵の拠点を攻撃する司令官、
ワルキューレの騎行を大音量で流しながらのヘリでの空爆、
密林の中に突如現れるプレイメイトの慰問と数分での終了、
指揮官のいない砦での見えない敵との戦闘など、
その中で、一切の装飾なくリアルに受け取るこの戦争の痛みは、ナパーム弾で燃え尽くされる森林であったり、ベトナム人女性が自決覚悟で手榴弾を投げ込み滅多撃ちにされる姿であったり、川を下る現地の船で子犬を庇おうと動いた女性が無残に撃たれ、絶命を免れているにも拘らず撃ち殺される姿等。
ウィラードだけではなく、船員達は一つ一つ、他人の死を経験する度に精神が壊れ、元の自分には戻れなくなっていく沈痛な痛みを感じながら、そしてその姿を受け手として見続ける事は絶望感を感じる物でした。

いくつかの戦争映画で描かれてきた、目に見える惨状ではなく、殺した人間が何かを失っていく痛み。
僕にとって『シン・レッド・ライン』や『フル・メタル・ジャケット』で感じた痛みをこの映画でも苦しい程に感じました。

旅を続けながら、自身の指令であるカーツ大佐を殺害するという目的も、ウィラードの中では変化していったように感じました。
この戦争の現状を見て、カーツ大佐が何かの結論に至ったのであれば、それは国にとっては裏切りでも人として正しいことではないか?
徐々に、カーツ大佐に対して同情し、共感者として惹かれていく気持ちも伝わってくるものでした。

そして、カーツ大佐の元に辿り着くウィラード。
火力を用いた現代人の戦闘から、川を下り現地人の弓や槍の攻撃に遭い、徐々に歴史を古代に遡るような流れで行き着いたカーツ大佐の地は、土着の信仰を感じる異教の思想に憑りつかれた言葉と建造物。
そして、放置された死体や物言わぬながらも整然と包囲する兵士達に原始的な力強さと恐怖を感じる物でした。

カーツ大佐は異様な巨体とスキンヘッドと大きく力強い手、そして体が悪いのだろうか?という程、所作に緩慢さを感じる。
その一方で、シェフの首を切ってくる彼の殺気には動物的な俊敏さも感じる程、生気に溢れている。
彼の精神は不健全に病んでいるようでもあるし、クリアに研ぎすまれているようにも感じます。

しかしながら、言葉を交わしていくカーツ大佐は郷愁に憑りつかれ、子供時代の思い出を語り、過去の勲章や、家族の写真も捨てられずにいる。
王国を築いた王にしては失った物への後悔が強く、一人の人間としての苦悩と惨めさを感じる。
多くの言葉を語る中で、ウィラードはカーツ大佐が裏切り者と吊し上げられて殺される事ではなく、王国の王として戦い殺されることを望んでいると悟り、彼を殺す。

そもそもカーツ大佐にとって、この国は理想の兵士達(原始的な殺人本能)を集めた戦闘国家だったはずなんですが、作ってはみたものの過去の自分や家族に対しての思いが強く、裏切り者として国と闘うことへの葛藤が強すぎたような。
戦えばかつての家族に裏切り者として殺されたと思われてしまう。
それだけは耐えられなかったんでしょう。
おまけに現代の戦闘の圧倒的な火力の前には為す術がないという事も判っていたような。
また、現地人を集め国を作りはしたものの、やっぱり彼らを殺せない。という結論に至ったのかな?とも思うと、それはそれで理性に勝てなかった人間的な人のような気も。
とは言え、王が自死してしまっては彼の国の者達は行き場所を失ってしまう。
ウィラードなら自分を殺してくれて、なおかつ、軍に対してもその事実を隠してくれるんじゃないか?との期待もあったんじゃないかと。
ついでに家族にも父親は戦士として立派に戦ったと伝えてくれないかな?とか。
あわよくば、自分に代わってこの国を治めてくれないか?とか。

この辺りの混とんとしたカーツ大佐の思いは、彼の行動と言動がバラバラで、とにかく暗示めいた表現も多く、この作品が難解と言うか、答えがないというか、極論として訳が判らないと言われる所以のような。
僕自身も推測めいたことをしてはみましたが、果たしてこの作品がそういった理解や解決を求めているか?というと、ただ混乱の中にまみれろ。と言っているだけのような気がしなくもないです。
何より、そんなグチャグチャのカーツ大佐の真意なんて、本人も何が正しいかなんて判っていなさそうですし、その時々で言う事も変わりそうですし。
ウィラードにとってはどうなんでしょうね?
もうこの戦争に嫌気をさして、カーツ大佐の真意を知りたいと思ってここまで来たのに、彼は過去の記憶に憑りつかれ、現実に失望した混乱状態。
結局、この戦争を続けても、逃げても、この結末にしか至らないのか?という、結論に至るのであれば、彼自身の救いもないような。
いっそ、王殺しの王としてこの王国でカーツ大佐の遺志を継ぐか?というような、多分、最も選ぶべきでない選択も有りと言えば有りのような。

4.評価

個人的な好き度合い: (2/3)
※ ★☆☆~★★★が凄く面白いで、普通に面白い以下は全て☆☆☆です。

ベトナム戦争の異常さと、人が壊れていく怖さを通して、米国・米軍の不条理を弾劾する作品です。
毒性はかなり強い映画ですが、戦争映画としてアクションとドラマの両面で面白さが際立っています。
ラストに向けて現実が崩れていく世界観も秀逸でした。

世間の評価は以下のような感じです。

Filmarks3.8
映画.com3.8
amazon4.2

面白いという方の意見:

・ゆったりとした映像の中で浮かび上がってくる重たいテーマに引き付けられる。
・作品のテーマよりもただ驚き、絶句する映画。
・デフォルメされた世界観も含め、全てが現実ではないが、惨たらしく残虐な戦争だったことは事実として伝わる。
・制作時の主役交代、期間と費用の増大、監督・役者の確執等、混沌を極めた現場が作品にも投影されて傑作になっている。
・音響効果が凄い。劇場での視聴がお勧め。
・40年以上前の映画とは思えないスケール感。CG無しでの再現に目を奪われる。
・キルゴア中佐のインパクトが凄い。名台詞も多い。
・マーロン・ブランドの存在感が凄い。

面白くないという方の意見:

・前半100点、後半0点の評判通り。
・カーツ大佐の言っている事が全く判らない。
・一度見ただけでは判らないけれど、何度観ても判らないと思う。
・ストーリーはシンプルで判り易い物。ベトナム戦争の混乱を入れ込んで複雑に見せているが判ればつまらない。

世間の評価を見ての印象:

戦争映画と一口で言っても、その極限状態にいろんな要素が放り込まれていて描かれるものはバラバラですが、
・悲惨な戦争の現実
・理不尽な命令
・家族や国を思う気持ち
・戦友達の死への絶望
・負傷した仲間の救出
・矛盾した戦いへの戦争自体の不信
・・・
他にもいっぱいありそうですが、そんな要素を散りばめながら、戦争アクションなのか?戦争ドラマなのか?っていう区分けがあって。
これが恋愛やSF映画であれば少々ハメを外しても問題ないんでしょうけれど、戦争は扱う物が重たいだけにアクションとドラマの範疇を超えるのは難しいですよね。
恋愛コメディっていうジャンルはあっても、戦争コメディなんて作る方にも勇気が要りそうな。
『M★A★S★H』とか、苦手でしたけど、そういう価値は物凄くある映画なんだろうな。と思っています。

で、戦争映画を作ると映画ファンから絶対に洗礼として受けるのが、戦争をアクション化した。とか、お涙頂戴で人の死を軽く観ている。とか、過剰過ぎて戦った人達をバカにしている。とか。
だから戦争映画で人に受け入れられる物を描くのって難しいんでしょうね。
で、この映画ですが、戦争をここまで突飛に描いているのに、そんな戦争映画の不謹慎さみたいな意見が全然目立たないんですよね。
戦争アクションとしても戦争ドラマとしても受け入れられる絶妙な立ち位置なんだろうな。と思いながら。
もしくは後半の混乱する展開への評価に、その辺の不謹慎さみたいな物が押し出されているのかな。とか。

この後半の評価は本当に分かれます。
誰か評論家が「前半100点、後半0点」なんて言ったもんだから、そこに乗っかる意見も多く。
コッポラ自体も撮影予定がめちゃくちゃになって「途中から何を撮っているのか判らない」と言っていたくらいなので、輪をかけて意味が分からないという感想を正当化してしまって。
でも、多分、こうして映画の正解をぼやかしたっていうのはある意味正解なんでしょうね。
解んないけどなんか凄かったから大好き!
っていう意見が言っていい映画になったわけですし。
というか、僕自身も概ねこの意見なので、ある意味、映画を作った側がそんな太っ腹な対応をしてくれると助かる。と感じています。

amazon prime videoで観る。

5.お勧めしたい人

こんな方にはお勧めの映画かも知れません。

・社会問題に切り込んだ映画を観たい人。
・人の狂気が感じられる映画を観たい人。
・観た後に嫌な気持ちになる映画を観たい人。
・緊迫感のある怖さを描いた映画が好きな人。
・常識や道徳観が崩れていく映画が好きな人。
・役者の演技力を感じたい人。
・音楽が最高の映画。
・映像美を感じられる映画。
・難解で理解するのに体力がいる映画。
・美術面の素晴らしさを感じられる映画。
・撮影技法に驚く映画。
・ラストが衝撃的な映画。
・胸糞キャラを観るのが好きな方。
・男でもほれぼれするようなかっこいい男性が好きな人。
・戦争映画や戦時中の話が好きな人。
・歴史を扱った映画が好きな人。
・ドラッグを扱った映画が好きな人。
・冷戦時代の空気を感じる映画。
・銃撃戦が楽しめる映画。
・モラルの崩れた世界を扱った映画。
・主人公の心情をモノローグ形式で伝える映画が好きな人。

amazonでBlu-ray・DVD・原作を購入する。

6.映画関連記事 紹介

映画感想に関して、『はじめに』

好きな映画50選

トップページ

ブログランキングに参加しておりますので、よろしければバナークリックで応援をお願いします。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

コメント

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
最新情報をお届けします。
タイトルとURLをコピーしました