映画感想『アンダーグラウンド』

巨匠を観る』企画、13作目(全27作)の映画です。

1.映画情報

作品名:アンダーグラウンド(Underground)
ジャンル:ドラマ 戦争 コメディ
鑑賞履歴:2021/8/27(NHK BSプレミアム)
公式サイト:DVD公式
wikipedia:wiki
監督:エミール・クストリッツァ
制作年:1995年
制作国:フランス、ドイツ、ハンガリー、ユーゴスラビア、ブルガリア
上映時間:170分
配給:CIBY2000(フランス) ヘラルド・エース(日本)
メインキャスト:ミキ・マノイロヴィッチ ラザル・リストフスキー ミリャナ・ヤコヴィッチ
スタッフ:脚本(デュシャン・コヴァチェヴィッチ、エミール・クストリッツァ) 音楽(ゴラン・ブレゴヴィッチ)
原作:
受賞歴:第48回カンヌ国際映画祭 パルム・ドール(最高賞)
予告動画:

映画『アンダーグラウンド』予告編

2.あらすじ

旧ユーゴスラビアを舞台に、ナチスに占領された大戦中から、内戦で分裂する90年代中盤までを描く。
パルチザンとしてナチスと闘った二人の男と彼らが愛した女の物語。

新国家で出世する男とその妻になる女。
そして戦争が終わっていないと騙され20年間地下室に幽閉される男。

3.感想

※※※ 以下、ネタバレありです! ※※※

1.戦争 ⇒ 2.冷戦 ⇒ 3.戦争と題打たれ、3部仕立てで3時間弱のこの映画。
1部、2部の乗り切れない感が、3部の衝撃で全て吹っ飛んでとんでもない映画になりました。

旧ユーゴスラビアに関しては以前にも興味を持って調べたことがありますが、他民族国家故のその成り立ちと現在までの分裂の歴史は根深いです。
ナチスに蹂躙された第2次世界大戦後、チトー大統領の下で各民族が一致団結し、その死後に民族間の内戦。
チトー大統領が亡くなったのは1980年の事、内戦時代の勃発となるコソボの独立は1990年。
内戦が始まるまでの間も各民族間の代表による主義主張のぶつかり合いは絶え間なく続きます。
そしてこの映画が公開されたのは1995年。
クストリッツァが40歳の時の作品です。
第3部では無慈悲で残虐な内戦が描かれますが、1991年より始まるクロアチア戦争を描いたものかと思います。
当時の自分は中高生でしたが、1992年のサッカーのヨーロッパ選手権(ユーロ92)でユーゴスラビア代表が出場権を失った事が、この国の政情を知る一つ目の出来事でした。
その後、日本のJリーグでプレーしたユーロ92当時のスター選手、ストイコビッチがNATOの空爆に反対するアンダーシャツを着て問題になったのは1999年。

今も紛争が完全に解決したとは言えない状態ですが、そんな時代の中を生き、自身をユーゴスラビア人と宣言するクストリッツァ監督が描いた映画です。
なお、ユーゴスラビア人とは本来は存在しない民族ですが、民族の申告が自己申告だった旧ユーゴスラビアにおいて、どの民族にも属さない人々、複数民族間の子、ユーゴスラビア国家と言う統一的な民族概念を持つ人々に申告される民族です。
クストリッツァは父と母の民族が異なるという点はあるものの、彼自身の作る映画を観ていると、民族間の均衡が取れていた幼少期のユーゴスラビアを懐かしんで、ユーゴスラビア人と宣言しているように思います。

前置きが長くなりましたが、冒頭の通り、1部、2部と続いた、国家の建設から内戦が始まるまでの時代の中で、マルコ、クロ、ナタリアの3人が繰り広げる物語と、彼らが内戦の中に飲み込まれていく3部の物語は、一繋ぎとはいえ少し異なる世界観を感じる物語です。
1部は、ナチスを憎み、パルチザンとして暗躍しながら、ナタリアとの恋を巡ってマルコとクロが奮闘した時代。
ジプシーオーケストラが響く中、笑い(ノラ猫をとっ捕まえて靴を拭くクロが最高!)もあり、悲哀もあり、テンポよく戦乱を生き抜いていく姿は楽しんで観ていられる物でした。
2部はやや長め、パルチザンとしての実績からチトー大統領の側近として出世するマルコと、その妻となったナタリア、そして1部の最後で負傷したクロは地下室で彼の支援者と共に20年暮らす日々。
2部は少し重いというか、話に軽やかさがなく、そもそもクロをだまして地下室に幽閉し続けるマルコとナタリアの仲違いもあって、心地良さを感じない展開でした。
笑いはあるのでテンポよく進みながらも、このままラストまで行くと辛いよな。と思いながら。
ただ、2部の終盤、クロとその息子のヨヴァン、そしてマルコの弟のイヴァン(チンパンジーも)が地下を抜け出してからの展開は3部まで巻き込んで衝撃的。
3部は2部の終了から更に時間が経ち、国連軍が内戦に介入した1990年代初頭。
内戦の中で武器商人として生き、国際的に指名手配が出ているマルコとナタリア、盲目的に息子を探す中で内戦軍の指揮官となるクロ。
そして、ドイツからかつての地下室に辿り着き、内戦の中に放り込まれるイヴァン。
運命に導かれるように、一つの戦場に巡り合わせた4人は、イヴァンが兄マルコを罵り痛めつけ自死し、マルコとナタリアは彼らとは思っていなかったクロの伝令によって殺され焼かれる。
そしてその事実を知ったクロも、かつての地下室に戻り、死者に呼ばれるように命を捨てる。
結局4人は、互いに許し合う事もなく、強烈な死に様を見せて死んでいく。

国連軍の兵士に民族を聞かれて「祖国」と答えるクロの姿は、志のない戦いの中で自分を見失い、何の為の戦いか?も判らず、ただ命を散らしていくだけのような虚しさを感じる物でした。
かつての彼らには、必死でナチスと戦い、国を作ろうとした志があったのに。
なぜかつての同志達と、殺し合わなければならないのか?
シンプルな疑問と、今となっては解決できないやりきれなさが、クロの「祖国」という言葉にはクストリッツァの思いとして込められていたように思いました。

けれどこの映画が凄いのは、彼ら4人が死後の世界で再び出会い、お互いを許し合い、笑い、歌い、踊るという姿まで描かれる所です。
ナタリアを奪ったことを隠し、マルコを20年間も幽閉したマルコ。
マルコとナタリアとは知らず、戦乱の中で焼き殺したクロ。
マルコは申し訳なさそうに許しを請い、クロは快くそれを受け入れる(忘れんぞ。との厭味付きで)。
彼ら二人が仲良く笑い顔を寄せ合って抱き合う姿には涙しか出ないです。
前世ではお互いを思いつつも、ナタリアを奪い合い、交わりきれなかった二人も、二人できちんと腹を割って話せれば許し合う事も出来たはずなのに。
そしてこの思いは民族同士で争った旧ユーゴスラビアの人々にも向けられているようにも思います。
戦乱の中で必死になって作り上げてきたユーゴスラビアという国を、もう一度、全員が思い出して話し合い、そしてお互いの過ちを許し合って欲しいという思いが込められていたような。
ラスト、イヴァンが語る「苦痛と悲しみと喜びなしでは、子供たちにこう伝えられない。『むかし、あるところに国があった』、と」と言う言葉が、失われた祖国を嘆いているようにも思えますし、かつての祖国の再建を願っているように思えました。

ただ、最後に一つ思う事として、この映画は内戦が始まって5年後に公開、制作されたのはもう少し前だとすると、クストリッツァにとって、ユーゴスラビアが以前の状態に戻るということをこの時点でどこまで期待できる状態だったんだろうか?という事。
その後の歴史を知る現代の僕らにとっては、それはもう、不可能と思えることですが、クストリッツァは映画の公開時点では、まだまだ戻れると考えていたのかもしれない。と思うと、少し切なさが増してくるような気がします。

4.評価

個人的な好き度合い:★☆☆ (1/3)
※ ★☆☆~★★★が凄く面白いで、普通に面白い以下は全て☆☆☆です。

旧ユーゴ出身の監督が描く、ジプシーミュージックと笑いで騒がしく進む3時間です。

その明るさの裏にある凄惨な歴史を感じながら、彼らが破滅へと向かう姿が熱量たっぷりに描かれています。
必死に国を思い戦ってきた彼らが行き着く最終章は否応なしに泣けます。

世間の評価は以下のような感じです。

Filmarks4.1
映画.com4.1
amazon4.5

面白いという方の意見:

・映画としての熱量の高さが素晴らしい。
・時代毎のユーゴスラビアの人々を投影した人物像の描き方が素晴らしい。
・血生臭い歴史と現実を描くには、浮世離れした描き方を取らざるを得なかったように思う。
・祖国の歴史に対する哀切感、イメージの壮大さ、象徴性の豊かさににテオ・アンゲロプロスの『シテール島への船出』を想起した。
・公開から26年経った今観ても斬新な映画。
・祖国を失うという意味は日本人にはなかなか感じ辛いが、その意味の悲惨さが伝わる。
・チトー大統領の葬儀に参列する各国の面々を観ていると懐かしい気持ちになる。
・音楽、演出、脚本の全てが、騒がしく狂おしく、そして現実離れしたファンタジーとして成立している。
・20世紀のベスト10と言う評価にふさわしい作品。

面白くないという方の意見:

・あまり笑えなかったので大げさすぎる演技に引いた。
・男女3人の話を主とするのであれば長すぎる。

世間の評価を見ての印象:

マルコ、クロ、ナタリアの3人が、旧ユーゴスラビアの人々、民族を暗喩したようなキャラクターだという事、なるほどな。と思いながら。
具体的に誰が何という訳ではなく、マルコのインテリ感と、クロの愚直さと、ナタリアの宙ぶらりんという生き方はそんな意味もあったかもしれないですし、そこまでの民族的な意味はなくとも、そうして纏まれなかった人々が招いた結末を嘆いているような気はします。

あとは「シテール島への船出」。
自分も大好きな映画ですが、ラストシーンの近似はともかく、かつて志を持って戦った父親が若者たちに言う「しなびたリンゴ」と同じことをこの映画でも言っているのかもしれない。
というのは、物凄く納得しました。

映画としては、かなりの熱量がある反面、それをコメディとしてぼやかしている部分もあるので、それを好きになれるか?と言うのは意見の分かれる所だと思います。
正直に言えば僕自身もそこまで乗り切れていない所でして、2部に関しては、長いな。と感じていました。
3部で全て吹っ飛ぶので構わないのですが、正直、それもあって5時間の完全版は尻込みしているとこがあります。

amazon prime videoで観る。

※VODでは視聴不可です。

5.お勧めしたい人

こんな方にはお勧めの映画かも知れません。

・社会問題に切り込んだ映画を観たい人。
・常識や道徳観が崩れていく映画が好きな人。
・大切な人と仲違いして後悔している人。
・音楽が最高の映画。
・映像美を感じられる映画。
・美術面の素晴らしさを感じられる映画。
・女優の美しさに見惚れる映画。
・ブラックな笑いが好きな人。
・ラストシーンが泣ける映画。
・メンタルの強い男性が好きな人。
・戦争映画や戦時中の話が好きな人。
・歴史を扱った映画が好きな人。
・冷戦時代の空気を感じる映画。

amazonでBlu-ray・DVD・原作を購入する。

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